お金の信用

つまり 融資をするかどうかの判断は 機械の向こう側にいる人間が やっているにすぎないのです なんのことはない 人間が機械を身にまとうことで その存在だけで 利用者の情報は 全て筒抜けになっているにもかかわらず 本人だけがそれに気づいてないです そういう事情知ってる人でも 誰にも話せないのがいいのか 嬉しい らしいです やはりそうです 利用率は高いそうです こうして人々は 融資を受けるのに 必要な信用がなくても お金を借りられたという 錯覚に陥ってきます
信用がもっとも必要とされるお金に対して、いくら返していけるか、その計画も定まらないまま、安易に借りられるという、この現実に、我々は恐怖さえ覚えます。
機械は、人間を傲慢にさせるもの、そういう意識を私は持ってしまいます。
どんなに簡略化しても、機械の裏には、機械の操作は人間が、行っているのに、それをすっかりと忘れさせてしまう。
それこそが、金融機関の狙いなのです。

一万円の価値

紙切れ自体に、一万円の価値があるわけではありあmせん

海外では、一万円札を受け取ってくれません。
福沢諭吉の紙切れが、ありがたくみえるのは、あくまで日本の経済力が及ぶ狭い範囲内の話です。

だからどんなに一生懸命に、お金をためたとしても、お金のルートが崩れたり、ルールそのものがなくなってしまうと、お金の価値は一夜にして、紙くず同然になってしまうことがあります。
これを貨幣の信用崩落といいます。

まさかと思うかもしれませんが、先進国でも、つい数十年前では、実際にあったことであります。
日本での戦中から戦後の混乱期には、新興国では、今も潜在的な不安としてそれがあり、自分の国の通貨は信用できない、米ドル紙幣で払ってほしいという国があります。
日本のお金もいつまでも安泰とは限らないですか?
日本のお金もこれからずっと安泰とは限らないのです。
(これが、お金に対する最大の誤解です)
日本国内で、このお金は受け取れませんと、日本円での支払いを拒否される可能が未来永劫にわたってないとは限らないのです。